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メンタルギリギリのアラサーが宝塚を愛でるブログ

タイトル通りですので、広い心でご閲覧ください。ご贔屓は真風涼帆さん。腐目線もあります。

宙組公演「ヴァンパイア・サクセション」ネタバレありver.

脚本がぶっ壊れてても、ご贔屓とその周辺が輝いてれば幸せ。私はそういう種類のヅカファンです。

逆に、どんなによくできた脚本でも、好みの人が出てないと「良い話だったね」で終わってしまう。ワクワクしない。あのときあのキャラはどう思ったんだろうとか、あまり書き込まれてないあのキャラはどんな人生を送ってきたんだろうとか、考えない。脚本の中のちょっとした矛盾点も、人から言われて初めて気付く。深く考えられないんですよ、好きな人が出てないと。

その点ご贔屓が出てるとね、主人公が屑とかストーリーが存在しないとか、よっぽどのことがない限り、脚本の粗は乗り越えてキャーキャー喜べるし、時として「あれはおかしな流れだったけど、こう解釈すればギリギリいけるんじゃないか」「あのセリフを一言変えるだけでこんな風に良くなったんじゃないか」と考える楽しみすら生まれる。ご褒美になっちゃうわけですよ。もちろんよくできた脚本をご贔屓がやってくれれば最高なんだけど、そんなことは滅多にないから、こうやって粗さえ楽しむ癖がもうできてる。

こういうヅカファンが宝塚の脚本の質をますます下げてるんだろうなと自覚しつつ、そういう性分なんだから仕方ないと開き直って生きています。

 

なので、どうしても考えてしまう、「ここが変だよ、ヴァンパイアサクセション」。自分の中で大きいと感じた順に挙げていきたいと思います。

 

 

 

1.ヴァンパイアがテーマなのに、いつの間にか主人公がヴァンパイアじゃなくなってる

 「気が付かなかったのか?君はもう、人間だ」

  えええっ?!いつの間に?!!

 

 これはほんとびっくりしました。異種ものなのに。ヴァンパイアなのに。主人公自身も観客も、誰一人気が付かないまま、主人公が人間になってた。

 確かに、前振りはあったけど。幕開け早々に年老いたアルカードとルーシーが出てきたし、1幕半ば辺りで「人間を真剣に愛すれば、ヴァンパイアは人間になれる」ってルールも提示されていたけど。だからって、いつどうやって人間になったのかをスルーしていいわけがないだろ。そこを描く話じゃないのかこれは、どうなってんだ。

 推測ですけど、たぶん石田先生の頭の中では、「愛する人のために身を引いたことで30点、危険を顧みずに愛する人を助けたことで70点、はい100点」みたいなことなんでしょうな。別にそれでもいいんだけど、だったらルーシーを助けるくだりはもうちょっと真面目にやらないと伝わらないよね。あのコントみたいな救出劇で「真剣に愛した」認定、はい人間になりましたって言われても、ごめんついていけない。しかもあのくだり、ヘルシングもランディも命の危険を冒してたよね。ランディに至っては棺桶の中に身を潜めてる分、発覚の時確実に逃げ遅れる訳で、一番危険な役割じゃないのか。そんなんで「アルカードがルーシーを真剣に愛したから人間になれた」って言われても……むしろ、2回振られてなおルーシーのために命を懸けるランディの方が愛深くね?

 このストーリーラインなら、救出劇は徹底的にシリアスに盛り上げないと成立しないよね。救出に失敗して捕まったら、軍隊に連れて行かれてモルモットにされる。与えられる痛みや苦痛は不死である分永久に続く。万一解放されたとしても、大量殺りく兵器の製造源になった苦しみからは一生逃れられない。その辺りをヘルシングさんが切々と訴え、「行くなアルカード、危険すぎる」と止める。それでも行くというアルカード。当然、ヘルシングやランディを巻き込むような真似はしない。「アルカードがルーシーを真剣に(以下略」のくだりを引き立たせるためには、単身で乗り込むのがベストだから。連れて行くとしてもヘルシングさんだけね、ランディつれていくと「ランディの方が(以下略」になるからね。

 救出のくだりはコントじゃなく、ちゃんとしたガンファイト。ここで初めて、アルカードが軍隊に身を置いてたって設定が生きるよね。辛くも勝利したアルカード、銃傷を負うがいつものように傷が治らない、これはもしかして……みたいなさ。

 まあ、ここ以外にも破たんは山盛りだから焼け石に水なんですけど、それでも、メインストーリーをちゃんと締めればもうちょっと印象が違ったと思うんですよ。

 

2.サザーランドは何がしたかったのかさっぱり分からない

 1幕後半から、サザーランドの散らかりぶりは相当なものでした。

 当初はどっちかっていうと草食系の優しそうなナイスミドルとして登場するのに、人の心の中が覗けるカーミラが「あいつの心はぞっとするほど冷たい」と評する。じゃあ、あの善人面はフェイクなのか?身構えた矢先に、優生思想や人種差別について「とんでもない」と義憤を口にするサザーランド。これもフェイク?何のために?

 カーミラのセリフと、舞台上のサザーランドの人間像が全くかみ合わないまま、ラスト近くでようやくサザーランドが銃を持って登場する。

 ようやく本性を現したのか、一体何が目的で……と考える間もなく、「私の最後の実験だ」として自身の胸に発砲するサザーランド。ええええ??なして???「私は末期がんでもう長くない」と言うが、それは自殺の理由にはなりえても、今までの言動の答えにはならないだろう。結局何がしたかったの?

 苦しい推測ですが、「実験」というセリフから考えると、「ヴァンパイアは人間を真剣に愛すれば人間になれる」という自らの仮説を立証するために、あえてアルカードの前で瀕死に陥り、吸血させることでアルカードの(ヴァンパイアとしての)能力の喪失を確かめたかったのかと……うん、苦しいですね。瀕死に陥ったところでアルカードが噛んでくれるか分からないし、ちゃんとアルカードがちゃんと人間になってなかったらサザーランド自身がヴァンパイアになっちゃうし、何より、ヴァンパイアが吸血によって仲間を増やすことについて、サザーランドは実例を見てない。アルカードが噛んでサザーランドが吸血鬼化しなかったとしても、アルカードが人間化したからなのか、そもそもヴァンパイアにそんな能力がないからなのか、分からないもんね。私みたいな文系のクソバカが考えても分かるようなお粗末な実験に命を懸ける科学者なんて、嫌すぎます石田先生。

(すいません、宝塚ニュース見てたら「ヴァンパイアは人間を真剣に愛すれば人間になれる」というのはサザーランドの仮説ではなく、トート閣下のお言葉でした。しかし、そうなるとますます「実験」の意味が分からない)

 あと何か、最後の方にアルカードの数百年前からの写真をアップしたのはサザーランドで、動機は元嫁と会いたかったから……とか聞こえた気がしたんですけど、気のせいですよね。元嫁と会うのにそんなに不確かではた迷惑な方法使う人いませんよね、そうですよね。

 

3.ヒロインに魅力がない

 そんなものを石田先生に期待するのかと驚かれそうですが、ご贔屓の主演作なのでごめんなさい、期待というか、そうだったらいいなという夢は見てました(笑)

 まず最初に断わっておくと、星風まどかちゃん自身は素晴らしかったのですよ。可愛いし歌上手いし、演技力もある。これほどの素材をもってしても魅力的に見えないって、逆に凄いと思うよルーシー。

 まずは序盤のホップ。元彼のランディに対し、復縁の再考を条件に、そこそこハードルの高い頼み事をしておきながら、ランディの目の前で出会ったばかりのアルカードに秒殺で靡く。そしてあろうことか、「元彼がしつこくて困ってるの。お試しでいいから付き合ってくれない?」とのたまい、アルカードget。お、おう。やるやないけ。まあまあ、若いからね。そういうこともあるのかもしれない。ヒロインとしてはどうかと思うけど。見も知らない男にストーカーされてるならともかく、元彼で、幼馴染で、自分から気を持たせてる相手に対して、あんまりじゃないかと思うけど。

 続いて一幕終盤のステップ。アルカードと出かけた先で、マーサおばあちゃんに促されるまま、今彼とホテルの一室にお泊り。お、おおう。君たち、付き合い始めてどのぐらい?ついさっきの場面で、「お試し」とか言ってなかったか。ビッチなのか、アホなのか。アルカードの方が気を使ってロビーで寝ると言ってるのに、「トラウマで、暗い部屋に一人は無理。一緒いて」と必死。こういうとき、トラウマを武器にする女って卑怯だと思うの……。ほんで、振りなのかガチなのか分からんけど速攻寝るっていうね。お前トラウマ舐めてんのか。9.11とかまだ生々しい悲劇を持ち出しておいて、この軽さは何なんだよ。すいません、今のはルーシーじゃなくて石田先生への怒りでした。

 とどめは二幕終盤のジャンプ。まんまとハーマン主任に人質に取られ、足を引っ張る。まあそれはヒロインの宿命だから良いんだけど、こういうシチュエーションならさ、普通の神経してれば足手まといになることを嫌うじゃん。「来ないで、来ちゃだめ」ってなるじゃん。それでも主人公が助けに来るから盛り上がるわけじゃん。なのにルーシー、思いっきり犬笛でアルカードを呼びつける。もうね……。アルカードがモルモットにされようが、てめぇが助かる方が大事かっていうね。

 こんなに自己中で卑怯な女でも、若くて可愛いってだけで惚れてしまうのか、アルカード

 あとね、蛇足なんですけど、何でルーシーは歯科医大生って設定なんでしょうか。その設定、ランディの入れ歯を作るくだりにしか活きてないですよね。何でその職業を志したのかって、結構人の根幹に関わる部分だと思うんですけど、ルーシーからは全然それが読み取れないんですよ。9.11で両親を失ったこと、父も叔父も医師であることを考えたら、普通に考えて医師ではないの?何で敢えての歯科医なの?

 この件、物凄い邪推してしまって嫌なんですけど、石田先生ね、これ「流れ的には医者なんだけど、女医なんて可愛くないもんなー。偏差値的に一つ下の歯科医にしとこう」ってことじゃないんですか?「長い春の果てに」で、特に必要性もないのに女医や女性弁護士に男役を配して、失恋させてみたり「オバサン」呼ばわりしてみたり、こてんぱんにいじめてたのを思い出すと、どうもそんな気がしちゃうんですよね。

 

4.ちょいちょい無神経

 石田先生に限らず、登場人物のセリフを借りて自分の意見を世界に発信したがる脚本家は多い。登場人物は自分の子どものようなものだから、ある程度考えが似るのは仕方ないと思う。けど、「個人情報にうるさいくせに、自分の子どもの写真を得意げにSNSに載せるのは何なんだ」とか、物語と全然関係ない単なるツイートを聞かされると、「あなたのどうでもいい呟きを世界に発信するにはなかなか便利なツールですよ、SNSは」とでも言ってやりたくなるんだ。

 とはいえ、この辺はまだダメージが少ない。どうでもいい話に対するどうでもいい意見だから。心から不快に思ったのは、話が人の生死に関する選択に及んだときだった。

 マーサおばあちゃんに「お葬式は死者を敬い、死と向き合うこと(だからお葬式はやるべき)」と言わせたこと、サザーランドにスティーブ・ジョブスの闘病をこきおろさせたこと。この辺は本当にげんなりでした。世の中には色んな考えの人がいます。考え抜いて大切な人のお葬式をやらなかった人もいるし、現代医療に頼らない闘病を選んだ人もいる。どちらも答えのない繊細な問題なのに、何で自分の考えをさも唯一の正解みたいな顔で登場人物に言わせるのか。

 まあ、上記2つは単に「マーサの」考え、「サザーランドの」考えってことで、不快感はあれど、非常識とまではギリギリ言えないと思うんですよ。

 どうしようもなかったのは、天国のシーン。神の使いになったマーサおばあちゃんが、「生まれ変わりはない」「あったとしても同じ人生を何度も繰り返すだけ」と断言する。うん、あのね……。生まれ変わりがあると信じることで、何とか生きてる人だっているんですよ。たかが宝塚のお芝居でもね、神様の使いなんて絶対的な立場の人に、すっぱり否定させて良い話じゃないのよ。その辺のことは。

 

5.アルカードは何で軍隊にいたの?

 アルカードは、アメリカの南北戦争第二次世界大戦も、軍人として戦ったらしい。不死身のヴァンパイアが、命に限りのある人間に銃を向けるって結構酷いと思うんだけど、アルカードは軍隊にいた理由について、「体が丈夫だったからな」とお気楽に語るのみ。挙句、「俺は死にたくても死ねないんだ」ときた。そんなあなたに撃たれて死んだ敵兵の気持ちを考えたことがあるのか。

 そもそも、ルーシーの歯科医同様、この設定が皆目活かされないことに脱力する。

 

6.もしかしてだけど、間違えてない?

 ポスターは、満月をバックに白銀のファー付コート姿。犬笛で呼ぶと現れる。

 あのさ、これさ……ハロウィン繋がりで狼男と間違えてない?

 

ごめんなさい、長くなっちゃった。ネタバレなしのポジティブ感想より断然長い。けど、観劇後の気分は最高だったんですよ。真風すごい。生徒さんみんな凄い。